実権派

1963年に始まった農村社会主義教育運動の中で、当面の目標は共産党内で資本主義の道をあゆむ実権派であることが明らかにされました。また66年8月の中国共産党中央委員会は、文化大革命の当面の敵は、その実権派であるとしました。中国語で当権派と言います。共産党の党機関、中央。地方の政府機開および企業や団体の指導。管理郁門において、政治指導上及び行政上の権限を掌握して、それを通じて資本主義の方向を指導し、共産党と社会主義の道に反対するものを言います。党内最大の実権派は劉少奇であると言われました。しかし、67年1月から革命委員会が成立するにつれて、実権派について、ブルジョア実権派とプロレタリア実権派を区別するようになりました。つまり革命闘争を資本主義の道をあゆむ実権派にしぼり、一般的誤りを犯したが、それを改めようとしている幹部であるプロレタリア実権派に対しては彼らと革命派大衆との矛肩は人民内部の矛盾であって、団結、批判、団結の原則によって処理するとしました。69年春には、批判された幹部の解放が始められ、革命闘争への参加が許されるようになりました。

中国と時代背景

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